そして、新たなる戦いへ・・・ ~サッカー北京五輪アジア地区最終予選 日本-サウジアラビア 3~
目の前、とは言いがたい場所で
指揮官が宙に舞っていた。
「結果がすべて」のハズなのに内容を問われ
常に「解任」の二文字と格闘していた男が
「智将」「名指揮官」となった瞬間でもあった。
2月21日、「火の国」とは名ばかりで
まだまだ肌寒い熊本の地で反町康治率いる若者たちは
苦しんでいた。
2次予選を1週間後に控えたこの日は
U-22アメリカ代表との親善試合が行われたが
平山もカレン・ロバートも、そして李忠成も
ゴールネットを揺らすことができなかった。
2次予選は全勝で通過し、エース平山も
5試合5得点と結果を残したがなぜか認められなかった。
そして8月22日・・・
最終予選初戦となったベトナム戦を1-0で乗り切ったものの
なぜか反町監督の進退問題が浮かび上がった。
サウジとアウェーで引き分け、国立でカタールに勝っても
反町監督への「不信任」は消えない。
それどころか、協会はサウジアラビア戦の開始時刻について
ある提案をしようと企てていた。
「今回は危ない」
これが協会内での「流行語」だった。
確かに厳しい組み合わせではあったが
彼らが思っているほど五輪代表はひ弱ではない。
その証拠に2次予選は無敗で乗り切り
最終予選もホームでのカタール戦まで無失点できていた。
それなのに協会内ではU-22を評価する声は少なく
ゴール後のパフォーマンスや言動で注目された
その下の世代、すなわちU-20に期待と賞賛の声が上がっていた。
「元気がない、ピチピチ感がない。」
バックアップすべき協会のトップのU-22への発言である。
U-20W杯で日本が勝つと「○○と△△は五輪代表に加えるべきだ」とも
平然と言ってのけた。
そして正念場となるカタール、ベトナムとのアウェー戦の前には
「アウェーで2勝してこい!」「敵地でひと暴れしてこい!」という
叱咤激励ではなく、
「日本-サウジとカタール-ベトナムは同時刻開催にすべきだ」と
AFCにお伺いを立てるという
「バックアップ」とは程遠い言動に疑問と怒りとやるせなさが私の心を支配していた。
だからこそ・・・反町監督のこの一言に感動を覚えた。
北京へ行ってきます!!!
智将・反町康治は自らの口で新たなる戦いのホイッスルを鳴らした。
そして彼と苦楽を共にした若者たちは
ありったけのスポーツドリンクを指揮官に浴びせ
新たなる戦いに臨んでいった。
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